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名古屋地方裁判所 昭和37年(ヨ)902号 判決

申請人 大崎利雄

被申請人 医療法人一草会

主文

被申請人が昭和三七年七月三一日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を申請人が追つて提起する解雇無効確認請求事件の判決確定に至る迄停止する。

申請人のその余の申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請代理人は「被申請人が昭和三七年七月三一日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を申請人等が追つて提起する解雇無効確認請求事件の判決確定に至る迄停止する。被申請人は申請人に対し昭和三七年八月より右判決確定に至る迄毎月二八日限り金一八、四六三円宛を仮りに支払え。」との裁判を求め、申請の理由として、

被申請人は従業員約六〇名を有して精神病患者の治療を目的とする医療法人であり、申請人は昭和三三年四月従業員となり、且つ総評全国一般労働組合半田支部所属の組合員である。

被申請人は昭和三七年七月三一日申請人に対し副院長山口弘三を通じて口頭で解雇の意思表示をなした。しかしながら右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(一)  組合活動を理由とする解雇であつて不当労働行為として無効である。

病院の従業員約六〇名は病院の理事者等から職務外である自宅の用事など極めて個人的な仕事に無償で使用され、他に例を見ない重労働を強制されて非常な不満を抱いていたが、右従業員の不満が高まると共に昭和三六年秋総評全国一般労働組合半田支部に加入する者が多くなり、その頃右組合員となつた申請人等の積極的な組合活動により昭和三六年一〇月二〇日には被申請人の従業員中過半数が右組合半田支部に加入するに至つたので、半田合同一草支部を結成し(その後全国一般労働組合半田支部第八班となる)、翌二一日被申請人に対して組合活動を通告し、団体交渉の結果年末一時金及び若干の諸問題を解決した。

申請人は右組合半田支部第八班結成以来の極めて数少い男子組合員であつて、(イ)昼休みの職場集会の際常に病棟の留守を引き受けて組合活動と病棟の安全を保障し、(ロ)メーデーその他の外部における組合行事集会に積極的に参加し、(ハ)プラカード製作組合文書の作成に当り、(ニ)労働関係法特に労働基準法等を調べて役員、組合員等に伝える等、地味ながらも誠実に組合活動をして来たので、次期役員候補とみられて被申請人及び第二組合員から注目されている。

被申請人は従来、右組合半田支部の確立と同じ頃、右組合半田支部の切崩しを目的として職制を中心に第二組合を結成するよう策動し、右組合半田支部と第二組合との間に差別をつけ、右組合半田支部に対しては些細な理由で、団体交渉に応ぜず話合いを理由なく延引し、右組合半田支部の組合員に対して激しく組合脱退及び退職強要の干渉を行い現在迄に二、三名の者に対しその意に反して些細な理由で退職を強要し、特に事務の杉浦みさをを職務上の失敗を理由に精神病患者扱いにして毎日相当時間洗脳するといつた意気込みで組合から脱退するよう再三にわたり強要する等右組合半田支部の活動に干渉し、申請人の支部結成行為及びその後の組合活動に対し不当な反感を抱いている。以上によれば本件解雇は申請人の組合活動を理由になされたものというべきである。

(二)  仮りに本件解雇が不当労働行為に当らないとしても解雇すべき理由がないから解雇権の濫用として無効である。

よつて本件解雇の意思表示は無効であるところ、申請人は被申請人から受ける賃金のみで生計を営み、恒産なく本案判決確定をまつていては著しく損害を受けるので本件仮処分申請に及んだのである。

と陳述し、被申請人の主張に対し

申請人の従業員としての地位、業務が被申請人主張のとおりであること、被申請人が解雇予告手当を提供して解雇の意思表示をなしたことは認めるが、その余の事実を否認する。

申請人の勤務態度は極めて良好であつてこれ迄怠慢であるとの注意を受けたことはない。即ち申請人は無断欠勤が殆んどなく一回あつたのも後に広瀬院長から有給休暇への振りかえについて承諾を得ている。また日曜休日出勤も他の人の分を交替している程であつて、日曜出勤は他の看護人に比較して圧倒的に多く日曜の休暇は殆んどとつておらず、当直(夜勤)についても六、七名の看護人が交替で行うため通常一カ月六、七回であるのに、申請人の場合は他より交替を依頼されれば快くこれに応じていたので遙かに多い。このように真面目な勤務態度であつたので超過勤務の指示を拒否したことは一度もない。申請人は過去において辞職を希望したことがあつたけれどもこれは病院側の従業員に対する低賃金重労働、公私の無差別、労務管理の無規律並びに患者に対する定期回診のサボタージュ、人権無視、暴行等が理由となつてるものである。

被申請人の病院ではその特殊事情から時々患者の暴力事故が発生し、申請人に対して暴力が振るわれる場合があつたけれども、申請人はこれを取りおさえるについて患者に暴力を振るわないという点では有名であつた。本件において患者中川佐一が最初いきなり申請人を殴りつけ申請人の口腔内に怪我をさせたのでこれを見た他の患者が後から中川を胴巻き(羽交い締めではない)にして止めたが、中川が暴れ両人がもつれて倒れたところを申請人が取り押えようとして中川を一、二回殴つた程度のことである。中川の傷は倒れたとき板と畳の境の段違いになつているところで打撲し受傷したものである。その後右の件について中川との間に円満に話合いがつき何ら問題とするに足りない。

と述べた。(疎明省略)

被申請代理人は「本件申請を却下する」との裁判を求め、申請理由に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。

被申請人が従業員約六〇名をもつて精神病者の治療を目的とする医療法人であり、申請人が昭和三三年四月以降その従業員であつたこと、昭和三七年七月三一日被申請人病院の副院長山口弘三が申請人に対し口頭で解雇の通知をなしたこと、昭和三六年一〇月二〇日頃半田合同労働組合一草支部結成の通知を受けたことは認めるが、申請人が右組合員であること、申請人がその主張の如き活動をなしたことは不知、その余の申請事実を否認する。

申請人を解雇したのは次の理由による。

被申請人は愛知県知事指定の精神病院を経営する法人であり、申請人は昭和三三年四月一日右病院の見習看護人(無資格)として雇われ、爾来入院患者である精神障害者の看護(患者の監置を含む)の補助業務及び病院諸施設の営繕作業に従事していたのであるが、無断欠勤が多く勤務に怠惰で業務の都合による超過勤務は殆んど拒否してその実績は零に等しく、勤務成績が極めて不良であつて過去において再三辞職を希望し従つて勤務に対する熱意誠意に乏しかつた。偶々昭和三七年七月一七日午前九時一五分頃病院北病棟看護婦詰所において入院中の患者中川佐一(昭和四年四月一三日生)が乱暴し、入院患者の杉江竜夫によつて背後から羽交い締めにされ、身動き出来ない状態にあつたところ、申請人はこれを奇貨として手拳をもつて中川の右眼窩部を数回殴打し、よつて同部位に治療一〇日間を要する長さ二糎、深さ五粍の割創の傷害を与えた。右中川佐一は精神変質者にして且つ強度の慢性アルコール中毒症であるから自ら何等の病識を有せず、他人の些細な言動に対しても衝動的興奮発作を惹起する症状にあつた。このような患者に対して看護人は相手が入院中の患者であることに鑑み職責として相手方が暴力を振るつて来てもこれを避け医師に報告してその処置を待つべきものであつて、このことは従来病院において喧しく指示してあり申請人は十二分に承知しているにも拘らず、抵抗不能の状態にある中川を殴打し傷害を与えたのは看護人としての職責に違背するばかりでなく悪質な犯罪行為である。

被申請人は右の如き申請人の傷害行為により厳重懲戒すべきところこれを刑事処分にまかせて敢えて懲戒手続をとらず、右傷害行為及び平素における勤務状況にあらわれた申請人の看護人としての資質欠如を理由に昭和三七年七月三一日労働基準法第二〇条に則り解雇予告手当金一八、二七〇円を提供して解雇の意思表示をなしたものである。(疎明省略)

理由

被申請人が従業員約六〇名を有して精神病者の治療を目的とする医療法人であること、申請人が昭和三三年四月被申請人の従業員となり精神障害者の看護(患者の監置を含む)の補助業務及び病院諸施設の営繕作業に従事していたこと、被申請人が昭和三七年七月三一日申請人に対し解雇予告手当金一八、二七〇円を提供して口頭で解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

そこでまず右解雇が申請人組合活動を理由としてなされたもので不当労働行為であるとの申請人の主張について判断するに、証人三井嘉寿子の証言によつて成立の認められる甲第九号証、証人畑中茂次の証言によつて成立の認められる乙第一三号証の一、第一四号証の各記載並びに証人三井嘉寿子、畑中茂次の各証言及び申請人本人尋問の結果によれば、昭和三六年一〇月二〇日被申請人の従業員五五名のうち四三名が労働条件の改善のため全国一般労働組合半田支部第八班を結成し、三井嘉寿子がその班長となつて同日被申請人に組合結成の通告をなし、当時より同年末にかけて年末一時金の支給、専属ボイラーマンの配置、女子従業員の着替場所設置、有給休暇分を給料より差し引くことの是正等について団体交渉をした結果、一部を除き略その要求を達成しその後昭和三七年春及び夏にも賃上げ及び一時金支給の要求をなし、その団体交渉を重ねたが、右組合員中男子は申請人を含めて二名に過ぎず、他は女子ばかりであつて、組合役員(班長一人、副班長二人、支部執行委員二人、職場委員一人)にも女子組合員が就任して、団体交渉の衝に当つたりその他外部的な組合活動をしていた。申請人は右組合結成当初から組合員となつたが、昼休みに行われる組合の集会の際には病室の留守番に当つたり、組合の出すちらしビラ、新聞等の原稿を書きこれを印刷したり、メーデーの集会、組合の決起大会等に参加したり、メーデーのときには徹夜でプラカードを作つたりなどの活動をしていたに止まり、右組合結成以来役員に選出されたことは全くなく、被申請人との団体交渉にも加わつておらず、被申請人においても申請人が職場大会で赤旗を持つていたのを現認したに過ぎない程度であることが認められる。右事実によれば申請人の組合員としての活動はそれ自体組合内部における補助的な行為に過ぎないものであつて使用者にとつて特に採るに値いしないばかりでなく、しかも申請人の右の如き組合内部における行為が被申請人に認識されていたものでもないから本件解雇は申請人が組合活動をしたことの故をもつてなされたものとは認め難い。従つて本件解雇が不当労働行為であるとの主張は理由がない。

次に右解雇が解雇権の濫用であるとの主張について判断するに被申請人は申請人の行為が懲戒処分に値いするものであるとしながら敢えて懲戒解雇に付することなく、解雇予告手当を提供して通常の解雇に及んだというのであるから、本件解雇が正当といえるためにはその手続が通常の解雇によつたものであるとしても、解雇の理由となつた申請人の行為が懲戒解雇に相当するものでなければならない。そこで申請人の行為が懲戒解雇事由に該当するものであるか否かについて考えるに、申請人本人尋問の結果成立の認められる甲第一号証、第八号証、第一四号証、証人小林きく子の証言によつて成立の認められる乙第五号証の四、弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第三号証の各記載並びに証人小林きく子の証言及び申請人本人尋問の結果によれば次の事実が認められる。昭和三七年七月一七日午前九時一五分頃酒精中毒で入院中の患者中川佐一(三三才)が看護婦詰所に来て申請人に髭そり剃刃を要求したので、申請人が髭剃りは週二回ときめられていて今日は髭剃日でないから剃刃を貸せない旨述べたところ右中川は一旦は引きあげたが間もなく又詰所に来て申請人に対し再び剃刃を要求した。そこで申請人が再びこれを拒絶したところ中川は更に「院長に会わせよ」と要求したので、申請人はこれをも拒絶した。すると中川は「貴様生意気だ」と言つて矢庭に申請人の左頬を手拳で殴打した。これにより申請人の口中が切れて出血したために申請人が口を手で拭つたところ血がついたので思わずかつとなつて中川に飛びかかつて胸倉をつかんで引つ張つた。同じ頃患者の杉江竜夫が詰所へ飛び込んで来て背後から中川を抱きかかえたが、申請人が中川を引張つたために三人が一体となつて倒れ申請人が中川を押えつけようとするのに中川が暴れて申請人を二、三回殴つたので、申請人も手拳で中川の顔面を三回位殴つてもみ合ううちに知らせを受けて駈けつけた岩崎看護長等によつて取り鎮められた。中川は申請人の殴打により全治一〇日間を要する長さ二糎、深さ五粍の右上眼窩部割創の傷害を受けた。その日の午後申請人は中川のところへ行き自己が殴つた非を謝り、中川もこれを了承したが、同月三一日申請人が解雇されるに及んで念のため中川が和解した旨の文書を作成したことが認められる。右事実によれば申請人が患者中川佐一を殴打しなければ自己の身の危険が避けられなかつたような特別の事情はないから、中川から矢庭に殴打されたのに憤激した結果中川を殴打するに至つたものである。申請人は見習看護人として予てから仮令患者が暴行してもこれに対して暴力を振るつてはいけない旨注意されており、これをよく自覚していたのであるから申請人の右の如き暴力行為が看護人としての職務に悖ることはいうまでもない。従つてこれに対し申請人が何等かの懲戒を受けることは免がれ難いところである。しかしながら、申請人が患者中川を殴打するに至つたのは中川が再度規則外の要求をしたのを申請人に拒絶されて申請人を殴打したのが原因となつていること、申請人が右殴打により口腔内を負傷し血を見て興奮した結果中川を殴打するに至つたものであつて突発的の行為であり、特別に悪意があつたものとはみられないこと、傷害の程度がそれ程重大ではないこと、その直後申請人が中川を訪れて謝罪し中川もこれを了承して和解ができたことに徴すれば右の如き職務違反の行為は未だ懲戒解雇事由にはあたらないものといわなければならない。また成立に争のない乙第二〇号証の一乃至五、前記甲第九号証、印影の成立につき争がないものとしてその成立の認められる乙第六号証の各記載、証人畑中茂次(一部)三井嘉寿子の各証言並びに申請人本人尋問の結果によれば、申請人はこれ迄に無断欠勤が一回あり、また昭和三七年になつて二時間の超過勤務を命じられこれを勤務した後更に翌朝八時迄の当直を命じられたのを拒否したことが一度あつたけれども全体としてみれば出勤状況は普通以上であり、日曜休日出勤は一カ月一回乃至二回すればよいのであるが申請人は毎月それ以上に出勤しており、二、三年前迄の間に辞職を申し出たことが一、二回あつたが、これは当時給料が低額であつたためであつてその後最近における二、三年間は看護人としての職務に対し特に熱意誠意に欠けるという状態にはないことが認められる。右認定に反する乙第四号証及び第一九号証(いずれも証人畑中茂次の証言によつて成立が認められる)の各記載並びに証人畑中茂次の供述は措信し難く他に申請人の勤務態度が不良であるとの疎明はない。したがつて前記の申請人の中川佐一に対する傷害に加えるに右の如き勤務状況に合わせて考えても未だ懲戒解雇に相当する理由がないから本件解雇の意思表示は解雇理由がなくしてなされたものであつて権利の濫用として無効である。

ところで成立に争のない乙第一号証の二、証人畑中茂次の証言によつて成立の認められる乙第五号証の一の各記載並びに申請人本人尋問の結果によれば、申請人は十二、三年間建設事業で大工として働いた後、被申請人の従業員となつたものであつて独身で生計を営み、収入は被申請人から受ける賃金のみに依拠し、その額は一カ月平均金一八二七〇円であるが今後二、三カ月は右賃料の支給を受けなくても自力で生活し得る程度の貯金を有していることが認められる。

よつて申請人の申請のうち本件解雇の意思表示の効力を解雇無効確認請求の本案判決確定に至る迄停止する部分は正当として認容し、被申請人に対し昭和三七年八月以降右本案判決確定迄毎月二八日限り金一八、四六三円宛の仮払を求める部分はその必要性がないので失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 丸山武夫 渡辺一弘)

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